★ロルカ最晩年の詩集、初の全訳・対訳版!
ガルシア・ロルカ著/平井うらら 訳・解説
対訳 タマリット詩集
2008年11月刊
A5判並製184頁
定価 2500円+税
ISBN978-4-87714-391-6
●目次
●書評
僕は眠りたい ほんの少し、
ほんの少し、一分、一世紀、
しかし、みんな知っていて欲しい
僕が死んだのではないことを (「ガセーラⅧ 人知れぬ死のガセーラ」 より)
ファシズムが色濃くなるスペインで、故郷グラナダの魂を歌い上げて暗殺されたロルカ最晩年の詩集、本邦初完訳。原文と対訳文を見開きに収め、詳細な解説を付す。
「彼(ロルカ)のまなざしは、事態の陰にあって黙殺されているジャスミンや nina や pequenito に注がれています。どのような結果に至ろうとも、それら「小さなものたち」が救われ生かされなくては意味がない、と彼はこの詩篇全体を通して訴えています」 (「カシーダⅤ 外で見る夢のカシーダ」 著者解説より)
〈著者略歴〉
平井うらら
京都大学・岡山大学・同志社大学・立命館大学・龍谷大学講師。
1952年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。京都外国語大学大学院修士課程修了。グラナダ大学博士課程単位取得。
著書に、『マヌエルのクリスマス』 『平井うらら詩集』。
共著書に、『ガルシア・ロルカの世界』 『世界の博物館』 『南スペイン・アンダルシアの風景』 ほか。
(本書刊行時点)
書 評
● 「図書新聞」2009.5.9
ロルカにとって、詩は「読まれるもの」ではなく、「謳われるもの」であった
――極めて難解といわれる詩集に、丁寧な「対訳」と詳しい「解説」
評者=川成 洋(法政大学教授/英文学・スペイン史)
本書は、スペイン内戦(1936~39年)勃発1ヶ月後の8月18日払暁、生まれ故郷のグラナダで、ファシスト叛乱軍側に自らの墓穴を掘らされ惨殺されたガルシア・ロルカの最晩年の数年に書かれた詩のアンソロジーである。ロルカ、38歳という若さであった。
表題の「タマリット」というのは、ロルカの叔父の所有する農園の名前である。この詩集には、アラブ歌謡の原型と言える「カシーダ詩集」(9編)と、アラブの定型詩となっている「ガセーラ詩集」(12編)の二種の「詩集」が収録されている。いまだアラブの香り漂うアンダルシアのイスラム王国の首都だったグラナダに生まれ育ったロルカは、洗練された近代的な詩風を持ちながらも、サクロモンテのロマたちと交わり、フラメンコに魅せられ、ロマンセを謳い、フラメンコの淵源であるカンテ・ポンド(深い歌)の再興と純化に専念し、各地の子守唄や民間伝承を採集するといった伝統的なもの、民衆的なものとの直接的な接触を失わなかった。それゆえ、ロルカは、「民衆の詩人」「現代の吟遊詩人」といわれたのだった。事実、彼はアンダルシアの民衆の中に存在するユニークなメタファーの使い方について、「ことばはイメージから成り立ち、わが国の民衆のことばはイメージの無限の宝庫を持っている。……ある砂糖菓子を“天のベーコン”と呼び、別の砂糖菓子を“尼僧のための息”と呼ぶことは、二つの楽しい、だが鋭いイメージを、作り出すことだ。同じことが丸屋根を“オレンジ半分”と表現するような場合についてもいえる。アンダルシアでは、民衆の想像力は、洞察力と敏感さとの驚くべき深さに達している。……こうした人々は、畑の中をゆっくりと流れている深い水路を“水の牝牛”と呼び、その水量と、力強い、人間の手によって統制されたエネルギーとを提示している。またわたしは、グラナダから来たある農夫が、“燈心草は好んで川の舌の上に育つ”と言うのを聞いたことがある」(小海永二訳)と述べている。
さらにロルカは、書いた詩や戯曲を、活字で発表する前に、ほとんど必ず仲間たちの前で朗読していた。つまり、ロルカにとって、詩は「読まれるもの」ではなく、「謳われるもの」であった。従って、彼の詩は、ことばの音と響きとが、語りかけるための聴衆の心の中にさまざまな感情を喚起する微妙なニュアンスに極めて敏感であり、別言すれば、極めて音楽的であったのだ。
本書は、数あるロルカの詩集の中で極めて難解との定評のある詩集であるが、まず「ガセーラ詩集」と「カシーダ詩集」の丁寧な「対訳」を提示し、その後に詳しい「解説」が付いている。その「解説」には、どうしてこのような「対訳」となったのか、なぜこのような「訳語」を採用したのか、各詩篇の「単語」「行」「スタンザ」の順に語学的および文学的解説、さらに詩人でもある訳者のグラナダ、そしてロルカへの篤い蘊蓄が加わる。
例えば、1932年に発表された「外で見る夢のカシーダ」について――
1932年とは、ロルカにとって、またスペインにとって、どんな年だったのか。その前年の1931年4月12日、統一地方選挙が実施され、その2日後の14日、主要都市での共和制の宣言、前代未聞なことに、国王アルフォンソ13世の亡命と退位、臨時政府の成立、スペイン第二共和制の宣言。これから、翌32年にかけて、共和国政府によるスペイン社会の全面的な改革に着手するが、それに対して軍部やカトリック教会、大地主といった旧特権階級による反共和制運動やクーデター、また共和制政府の改革に不満を持つアナキスト勢力によるゼネストなど、政府に対する左右の両政治勢力からの強烈な挟撃にあい、スペイン国内が次第に不寛容な対立構造に展開していく不安な年でもあった。
ところで、この詩の最初のスタンザは、次のようである。
ジャスミンの花と 首を刺し貫かれた雄牛。
どこまでも続く舗道。地図。部屋。竪琴。夜明け。
女の子は、ジャスミンの雄牛になってみせるが
雄牛は うなり声をあげる血まみれの黄昏。
この「解説」によると、この詩の主題は二つあって、最初の一行の「ジャスミンの花」と「首に剣を突きたてられ闘う雄牛」である。つまり「ジャスミン」と「雄牛」とは、「平和で豊かな日常」と「いま何本もの剣に刺されて、敗北を運命付けられながらも、退くに退けない闘いを闘う非日常」ということである。「スペインの現在は、この二つが同時に存在してしまっている」ことを、この最初の一行で示しているのである。
そして、この詩の「解説」の末部は、「ロルカは、現在の事態をもたらしたものたちを名指して、声高な非難を投げつけることはしていません。この事態に至った原因をえぐりだして、問題提起することも、ありません。彼のまなざしは、事態の陰にあって黙殺されているジャスミンや女の子や幼い男の子に注がれています。どのような結果に至ろうとも、それら『小さなものたち』が救われ生かされなくては意味がない、と彼はこの詩篇全体を通して訴えています。それが、彼の夢でしょう。タイトルの『外で見る夢』とは、『覚めて見る夢』、『起きていて見る夢』という意味です。それが悪夢に変わるのではないか、という強い危機意識が、全篇を貫いています」と結んでいる。
われわれは、ようやく、ロルカの詩集の中で難解といわれる『タマリット詩集』をひも解くことができるようになった。
● 「奈良新聞」 2009.4.12
研究重ね邦訳定着の過程を
評者=片倉充造(天理大学国際文化学部教授)
ガルシアと聞いてロルカと続けるか? マルケス(コロンビア・ノーベル賞作家)とするか? 同じくロサリア・デ・カストロ(ガリシア詩人)なのか? ロサリオ・カステリャノス(メキシコ小説家)なのか? 学生にどちらを知っているかを尋ねるのはなかなか面白い。
ロルカ(1898-1936年)は、日本では黄金世紀の文豪セルバンテスに続くスペイン文学上の著名な芸術家であり、詩集や演劇作品の翻訳の出版に加え、小川英晴ほか詩の朗読会も数多い。
「タマリットの林に鉛の犬たちがやって来て/(略)/小枝たちがひとりでに落ちてくるのを待っている」。表題書はロルカ晩年の詩集(翻訳)であり、見開きページ対訳スタイルでその邦訳が定着するまでの過程が、詳しい評釈とともに解説されている。早大文学部国文科出身というスペイン語・文学界にあってはやや異色の著者は「日本におけるロルカ移入」をライフワークにして粘り強く研究を重ね、後年の博論提出の一環をここに紹介している。
です/ます調で統一された優しさ・滑らかさを漂わせる文体(「四国新聞」にもグラナダ紀行を連載した文才)が、表題書全体を包み込んではいるが、ロルカは第二共和制と同調するところはあったもののイデオロギーを求めたのではなく、芸術愛好の自由人であったと明言する。
タマリットの名称が、近在の叔父の農園名に由来し、そこが安らぎの場でもあったことや、本書の骨格を構成するアラブの詩形式(ガセーラとカシーダ)についても補説するなど、詩人としての高い見識が網羅されている。
小海永二以降、本田誠二訳(ギブソン『ロルカ』評伝)、近藤豊(ロルカ演劇論)、著者そして森直香(ロルカ論)などの継続的な研究業績がようやく光彩を放ち始めた。ロルカ人気はなかなか根強い!
● 「しんぶん赤旗」(「朝の風」)2009.2.13
「ベルナルダ・アルバの家」の作家ガルシア・ロルカが、ファシズムに虐殺されたことは、広く知られている。一九三六年、フランコ派の軍隊によって銃殺されたこのスペインの詩人・劇作家の『対訳 タマリット詩集』(平井うらら訳・影書房)が、ようやく刊行された。
スペインの人民戦線政府が活躍していた時期、巡回劇団バラッカをつくったロルカは、その活動の間に、タマリット詩集を一編ずつ書き上げていったのだが、内乱の勃発とロルカの突然の死によって、スペイン国内では出版されなくなった。刊行された『タマリット詩集』は、生前最後に発表された作品と、死後に残されたものとを、まとめたものだ。
生前に発表されなかった「水に傷つけられた子どものカシーダ」は、「アラブ音楽の詩の形」をとりながら「降りて行きたい 井戸の底へ、/よじ登りたい グラナダの壁を、/人知れぬ 水の錐(きり)で/ぼろぼろにされた心臓を 見届けるために。」と歌われている。生地グラナダと、祖国スペインにたいする深い悲しみが、象徴的に表現されている。「みんな知っていて欲しい 僕が死んだのではないことを、」と、この詩集のなかで歌い上げたロルカの思いは、国をこえて、われわれの心にひびいてくる。 (直)
● 「世界日報」 2009.4.5
最晩年の詩のアンソロジー
評者=川成 洋(法政大学教授)
本書は、「第二次世界大戦の前哨戦」といわれたスペイン内戦(一九三六~三九年)の緒戦段階で、生まれ故郷のグラナダで、ファシスト叛乱(はんらん)軍側に惨殺されたガルシア・ロルカの最晩の数年に書いた詩のアンソロジーである。
表題の「タマリット」というのは、ロルカの叔父の所有する農園の名前である。そしてこの詩集には、アラブ歌謡の原型と言える「カシーダ集」(九編)と、この「カシーダ」からより洗練された定型詩となっている「ガセーラ集」(十二編)の二種の「詩集」が収録されている。いまだアラブの香り漂うアンダルシアのイスラム王国の首都だったグラナダに生まれ育ったロルカは、フラメンコに魅せられ、ロマンセを謳うたい、フラメンコの淵源であるカンテ・ポンド(深い歌)の再興と純化に専念し、『エル・ソル』誌のインタビューに応えて、「もはや芸術のための芸術を信ずる者はいない。この劇的な時代は、民衆とともに泣き、かつ笑わねばならない」と語るほど、「民衆の詩人」であった。
本書は、まず「対訳」で示し、その後に詳しい「解説」が付いている。それは「単語」「行」「連」の順に語学的および文学的解説、さらに訳者のグラナダ、ロルカへの薀蓄(うんちく)が加わる。
例えば、「死んだ幼い男の子のガセーラ」はこう説明している。「グラナダはアラブ時代に開墾が進み、アルヒベといわれるため池や水を供給する溝がたくさん作られました。(中略)子どもたちの水難事故はたびたび起こったことでしょう。この詩の出だしは、そのことが前提になっているようです。トダス・ラス・タルデス(毎日昼下がりになると)のくりかえしで始まるこの詩は、日本でも有名です。そのリズミカルな言葉づかい、ショッキングな内容、まるで神話劇を見ているような展開に魅せられるでしょう」
われわれは、ようやく、ロルカの詩集の中で難解といわれる『タマリット詩集』を読めるようになった。